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東京高等裁判所 平成6年(ラ)98号 決定

抗告人

甲野太郎

右代理人弁護士

三浦修

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。抗告人を免責する。」との裁判を求めるものであり、抗告の理由は別紙のとおりであるが、その要旨は、抗告人には破産法三六六条ノ九第三号の「財産状態についての虚偽の陳述」の事実も、同法三六六条ノ九第一号、三七五条一号の「浪費」の事実もないから、免責を受けることができるものというものである。

二  当裁判所も、原決定の挙示する資料によれば、抗告人について免責を不許可とした原決定は相当であると判断する。その理由は、次の三を付加するほかは、原決定の「理由」(原決定一枚目表終わりより一行目から四枚目表終わりより二行目まで)と同一であるからこれを引用する。

三  抗告人の主張について

1  抗告人は、抗告人が破産の原因につき故意に虚偽の事実を陳述したことについて、破産法三六六条ノ九第三号の「財産状態ニ付虚偽ノ陳述ヲ為シタルトキ」に該当するとした原決定には、同号の解釈適用を誤った違法がある旨主張する。

しかし、自己破産の申立による破産手続のうち、破産財団をもって破産手続の費用を償うに足りないと認められて破産宣告と同時に破産廃止の決定がなされる(破産法一四五条一項)事件(以下「同時廃止事件」という。)については、当該申立に際し、債務者から破産裁判所に提出された財産の概況、債権、債務の内容を明らかにした書面の内容を前提として、債務者に対する審訊が行われ、その内容の確認を得て、破産宣告がされ、破産宣告と同時に破産廃止の決定がされるという経緯をとるのが通常であるが、債務者が破産手続において、破産に至る経緯について虚偽の陳述をして破産宣告及び同時廃止の決定を受け、その後、免責の申立をし、この手続において右虚偽の陳述をしたことが判明し、その内容が重大・悪質である場合には、破産法三六六条ノ九第三号後団を類推適用し、免責不許可の決定をなすことができるものと解するのが相当である。その理由は、以下のとおりである。

免責制度は、誠実な破産者を更生させる目的のもとに、その障害となる債権者からの責任追及を遮断するために破産者の責任を免除するものであって、誠実な破産者に対する特典として免責を与えるものである。破産法三六六条ノ九第三号後段の規定は、破産者が、同法三六六条ノ四所定の審訊期日において、裁判所に対し誠実に真実を陳述すべき義務があるにもかかわらず、その財産状態につき虚偽の陳述をしたときには、破産者が右義務に違背し裁判所に対する背任行為をした不誠実な破産者として右特典を付与しないことを明らかにしたものである。そして、免責申立の許否は、破産者の経済的更生の可能性、更生意欲の存否・程度等を考慮して決することを要し、破産者の破産に至る経緯は右判断のための重要な資料であるところ、右免責申立の前提として行われる同時廃止事件にかかる手続においても、債務者は裁判所に対し誠実に真実を陳述すべき義務を負っているものというべきであって、これに反して破産に至るまでの経緯について故意に虚偽の陳述をし、その内容が悪質なものである場合には、同法三六六条ノ四所定の審訊期日においてその財産状態につき虚偽の陳述をした場合と同様に、裁判所に対する背任行為として、免責の特典を与えることは相当ではないというべきだからである。

抗告人は、平成四年四月九日、債権者一六名に対し、合計一二〇四万円の債務を負担し、支払不能の状態にあるとして、自己破産の申立をなし、平成五年三月一八日午前一一時一五分、破産宣告を受けた(破産手続は同時廃止)ものであるが、昭和五五、六年ころ、他から借りて知人に貸した約五〇〇万円の返済資金を捻出するため、昭和五六、七年ころから韓国に渡りバカラ賭博を始め、これを繰り返すようになり、このため父親から約二〇〇〇万円を借りたほか、サラ金や銀行等からも借入れを繰り返し、昭和六三年ころには、約二〇〇〇万円の債務を負担し、この債務を父親に肩代わりしてもらって返済したことがあり、このことが原因で、本件破産申立に当たって親族に援助を得られない状態であったところ、破産手続きの審訊の際、この事実を秘匿し、裁判所に提出した報告書にも「ギャンブルは全くやらない」旨の虚偽の事実を記載したほか、新宿や大森のクラブを毎晩のように飲み歩き、一晩に二〇、三〇万円も使ったりした結果一〇〇〇万円を超える借金を負担するようになった旨の虚偽の陳述を故意にしたこと、抗告人は、破産手続において破産宣告を受け(同時破産廃止)、その後本件免責申立をなしたが、その申立にあたって裁判所に提出した陳述書に、はじめてバカラ賭博の件を記載したが、その動機は、抗告人の前記虚偽の陳述を聞いた破産手続の担当裁判官から、浪費の程度が著しいことを理由に免責を得ることが困難である旨を告げられたからであることが認められる。

前示の説示に照らし、前記の事実関係について判断すると、抗告人は、賭博の経験を故意に隠蔽する意図のもとに破産原因についての虚偽の説明をしたものであって、賭博による負債額も巨額であることに照らすと、このような事情は、抗告人の経済的更生の可能性、更生意欲の存否を判断するうえで重要な事情となるものであり、このような重要な事情について隠蔽を謀ったことは、裁判所に対する重大な背信行為というべきであって、虚偽の陳述をしたことを抗告した動機にも酌むべきところはなく、その態様は悪質であるといわざるをえず、破産手続及び免責の裁判の適正な審理・判断に影響を及ぼすおそれがあったものとして、免責の特典を与えることは相当ではないと考えられ、抗告人には、破産法三六六条ノ九第三号の「財産状態ニ付虚偽ノ陳述ヲ為シタルトキ」の免責不許可事由が存在するものといわざるをえない。

2  抗告人は、抗告人の接待交際費の支出は浪費にあたらない旨主張する。しかし、破産者の地位、職業、財産等諸般の事情に照らし、破産者の収入及び財産状態に比して通常の程度を超えた支出をし、もって過大な債務を負担した場合には、破産法三六六条ノ九第一号、三七五条一号の免責不許可事由(浪費)が存在するものと解すべきであるところ、抗告人は、昭和五九年ころから、勤務先の不動産会社からの収入が多いときで年収約二〇〇万円程度しかなかったにもかかわらず、接待交際費として月額平均二〇万円以上の支出を三年間も続け、負債を増大させたものであり、破産に至る当時の抗告人の地位、職業、財産等諸般の事情を考慮すると、自己の収入及び財産状態に比して通常の程度を超えた支出をし、もって過大な債務を負担したというべきであるから、抗告人には、破産法三六六条ノ九第一号、三七五条一号に該当する免責不許可事由(浪費)があるものといわざるをえない。

四  前記説示のとおり、抗告人には前記免責不許可事由が存在するところ、その事由はいずれも軽微とはいえず、抗告人の債務のうち五八〇万円が保証債務であることや裁判所からの指摘を受けて免責の裁判における審訊の後、月々四万円を限度に債権者に返済を開始していることなどの諸事情を考慮しても、抗告人を裁量によって免責するのも相当ではないというべきである。

五  以上のとおり、本件抗告は理由がないから、これを棄却すべきである。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 伊藤紘基 裁判官 滝澤孝臣)

別紙即時抗告の理由

一 原決定は破産者が、破産事件の審問の際、破産原因について故意に虚偽の事実を陳述したことにつき、破産法三六六条の九第三号の「財産状態についての虚偽の陳述」に該当すること、また、破産者の接待交際費の支出が通常の程度を超えた支出で浪費に該当すると認定して、抗告人の本件免責申立を不許可とした。

二 しかし、原決定の事実認定および法適用は誤っている。

破産者が最初の審問の際に新宿や大森のクラブを毎晩のように飲み歩き、一晩に二〇万乃至三〇万円使ったりしたため、一千万円を超える借金を負担するようになり、これが今回の破産の原因である旨、虚偽の事実を述べたと認定している。しかし、破産者が申し述べたのは今回の破産申立の際に親族からの援助の可能性のないことの理由として従前に父親から四千万円の借入をしたときの理由として述べたものにすぎない。この説明を聞いた担当裁判官は浪費の程度が著しいとして免責を請けるのが困難である旨告知したが、この担当裁判官は一方的に昭和六三年頃の借金の原因と今回の債務の原因とを混同して調書に取ったものである。説明の際には抗告人および代理人から「従前の借金は既に父親に肩代わりしてもらって清算済であった」ということは何度も申し入れていたにもかかわらずである。たしかに、本来昭和六三年頃の借金の原因についてバカラ賭博に基づく借金であるにもかかわらず、これを黙秘し、事実を隠すためにクラブ通いの虚偽の陳述をしたことについては遺憾である。しかし、第一回の審問ののち代理人弁護士からすべてを正直に話すように言われてバカラ賭博の件もすべて告白したものであり、この抗告人の態度は評価されてしかるべきである。なぜならば、第一回の審問における事実認定が今回の破産原因となった事実に関するものと、その前の昭和六三年当時の破産状態の原因事実とを混同していた以上、この点の誤信を取り除けば、免責決定は十分に受ける余地があったからである。

そもそも今回の破産の原因が、抗告人が騙されて保証人になったことに基づく暴力金融からの悪質な取り立てを免れるためのものであったことからすれば、原因はともあれ、清算済の過去の任意整理の事情は問題にはならないはずである。しかも、今回騙されて保証人になるまでは、確かにサラ金からの借入はあったものの一応遅れながらも返済は続けていたものである。まして、父親によって肩代わりしてもらった以降は賭博はやっておらず、真面目に働いていたのであり、このような事情を無視して、「財産状態に該当しない事実に関する」虚偽の陳述を、破産法の類推解釈の名のもとに免責不許可の根拠とするのは法の解釈を誤っていると言わざるを得ない。

また、接待交際費として月二〇万円以上の支出を続けたということを以て、浪費と認定しているが、不動産仲介業は現地に行く交通費関係だけで相当な費用がかかるものであり、それに付随して取引関係者と通常の食事をとっても当時の抗告人の月額一五万円くらいの費用はすぐに掛かってしまうものである。抗告人がこのような状態でも生活できたのは実家のビルに住み、食費等は家族と一緒に取っていたこともあって、実質上は家計費が殆ど掛からなかったためである。月々若干の赤字をサラ金で埋めていたものであって、到底浪費を認定することはできない。

三 結局、原決定は、今回の破産原因をクラブ通いという浪費であると誤信し、この誤信の原因となった抗告人の陳述を、後に本人が正確なもの(バカラ賭博)に訂正したにもかかわらず、財産状態に関わる虚偽事実の陳述として、重大な背信行為としているが、このような認定は誤信した前提事実のもとに財産状態に該当しない事実に関する虚偽の陳述を過大評価したものである。

四 さらに、第二回の審問の際に「全然債権者に対し弁済していないことはどういうことか」という裁判官からの指摘を受け、抗告人はぎりぎりの収入の中から妻の協力を得て月々四万円を限度に各破産債権者に対し、免責決定までの按分による比例による返済を申し入れた。この結果、債権者一六件中一一件から承諾の通知が届き返済を開始した。にもかかわらず、この事情を抗告人が陳述しようとした際、裁判所はこれを制止し、資料の受領を拒んだものである。

右の経緯に照せば、抗告人の免責申立てはこれを許可すべきものである。

よって、本件免責を許可しない原決定は失当であるから、即時抗告の趣旨記載の裁判を求める。

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